2012年6月6日

お茶のこころ


私は関東の大学で建築を学び、
卒業後はそのまま数年東京の設計事務所に勤めいていた。
二十代後半で生まれ故郷の京都に戻った時、
日本が誇る京都の伝統建築や文化が、改めて
新鮮で貴重なものとして目に映ったのを今でも覚えている。
折を見ては寺社仏閣や伝統文化を見たり触れたりして回った。
そしてその延長で、「お茶(裏千家)」を習い始めることになる。
茶道は奥深いものであり、一生の修行道だといわれる。
稽古帳を開いてすぐに書き記した「無心」の文字。

「煩悩より生じた卑しいきたない邪念や邪心のない、正念、正想のこころ」
24年前に書き入れた文だ。
当初、仕事を終えた後に車で稽古場へ通っていたのだが、
稽古へ向かう時と、帰りでは、自分の運転が全然違うことを
自分自身が一番感じていた。
稽古を終えた後は、何ともいえない穏やかな心でゆったりと運転している自分に気付く。
初稽古は平成元年の九月。

「ふくささばき」から始まった稽古も
五年後には「亭主」をさせてもらえるようになっていた。

残念ながら、慕っていたお茶の先生が亡くなられ、
現在は稽古が中断している。
だが、茶の湯の世界には興味がつきず、
現在も茶の湯、千利休関係の書籍は自宅でよく読んでいる。
さて、今月からのNHK『趣味悠々』の新番組で
「茶の湯(表千家)」が始まったので初回の放送を見てみた。
第一回目は「利休の心を受け継ぐ茶」として
利休ゆかりの地、大徳寺が主に紹介されいた。

大徳寺は我が社から歩いて1分だ。
番組内で紹介されていた、大徳寺の塔頭「聚光院」
(利休はじめ三千家歴代の墓所がある)もすぐそこにある。

利休居士が唱えた「和敬清寂」。
和をもってお互い敬い、清らかな心でどんな時にでも動じない心をつくる。
お茶の精神だ。
「まぁ座って一服どうぞ」
という心こそ、
ゆとりのない現代に必要なのかもしれない。